映画「スプリングブレイカーズ」〜ネオンカラーのギャルの横で、ポップのスーパーノヴァをくらえ!〜

平日の渋谷、降りしきる雨の中、シネマライズを訪れてまず驚いたのは、ネオンカラーに身を包んだティーンやギャルの多さだった。ライズでは平日学生は1000円なのだが、それに加えて映画限定で、ネオンカラー割引なるものがあり、ファッションの何処かに今流行りののネオンカラーを入れていると1000円で観れるというもの。

そのせいなのか、渋谷の真ん中という立地もあるのか、客の八割は、雑誌で言うNYRONとかJELLYっぽい女の子たちだった。

そして僕は杞憂した。彼女たちがハーモニー・コリンの映画を観て、果たして満足するだろうか?彼女たちが期待しているものだろうか?
そうして横で大きなポップコーンを貪るギャルと、映画の始まりを待ったのだった。(上映中は飲食はマナーをもって!って流れた後、もちろん彼女はすっと静かになりましたよ)


映画「ガンモ」や「ミスター・ロンリー」でお馴染み、 ハーモニー・コリン監督の「スプリングブレイカーズ」(以下SB)を渋谷シネマライズで観てきました。
スプリングブレイク=春休みを迎えた女子大生四人(セレーナ・ゴメス、ヴァネッサ・ハジェンズ、アシュレイ・ベンソン、レイチェル・コリン)が
退屈な日常から逃れるため、強盗で現金を手に入れ、フロリダで酒とドラッグにまみれた生活をしていたが、ひょんなことから麻薬ディーラーのギャングと知り合い、裏社会へと誘われ…という青春エロティック冒険ストーリー笑。

ハーモニー・コリンは僕的には「ガンモ」の印象がやはり一番強い。アメリカの繁栄の裏にある、消費的で享楽的な側面、そんな中で育つティーンの生き様、それらを繊細且つ大胆な描写をもって描き、リアリスティックでポップでありながら、ポエティックで内省的な映画だった。基本なんか状況とか設定が痛いんだけど、監督が向ける優しい眼差しが画面から感じられる。更に明確に起承転結的なストーリー進行を楽しめる映画ではない、たぶん笑

で、今回のSBも、終わってみると、非常にコリン監督色の強い、完全無欠のポップティーン映画だった。この「完全無欠」が自分の中では一番感動したポイントなのだが…。

 

・反社会的で規範や常識はないが、爆発する生命力の輝きに満ちた映画。

まずはこれを再生しながら読みましょう笑

Skrillexのハードでエモなこのエレクトロミュージックにノって、スローモーションのなか、若者がビーチで踊り狂い、まさしく浴びるように酒が飛び散る。
幕は開いた、ファーストシーンから観客はいきなり度肝を抜かれ一気に映画に引きこまれるだろう。瞬間、劇場の空気が変わったのを感じれるほどだった。

さあ、おまえら、これが楽園の始まりだ、全力でいけ!今は今しかねんだよ!!とでも言うようだ。

最近、六本木のクラブVanityが風営法違反で摘発されたが、あのクラブに行った時のことを思い出した。ドラッグはないし、水着でもないけど笑。
紫を基調にした薄暗い店内には身動きが取れないくらいに人が溢れ、カラフルでおしゃれでクールな女性たちが爆音のダンスミュージックで踊る。そして男たちも誰よりも着飾り、ナンパにダンスにテキーラ、シャンパン…。
日常から切り離された、そこでしか味わえない時空間がそこにはあった。クラブを知らない人はクラブを危険なところと思っている人もいるが、むしろほとんどのクラブは、だれでも楽しめる音楽空間だ。ナンパが全然ないところもあるし、セキュリティもいる。女の子は女性専用のシートもあるから疲れたら休める。心臓が震えるほどの音に身を任せる心地よさは他ではなかなかない。
あれ、なんだか話が逸れたな笑。話を戻そう。

 

そんなクールなオープニングシーンで始まった映画は、社会の正義や規範から逸してゆく彼女たちを追っていく。
劇中、何度も何度も踊り狂う女の子達の、弾けるビキニや胸、おしりがスローモーションで現れ、PTA会長卒倒の刺激的な映像が写し出される。ぷるんぷるん揺れる若々しいお尻の肉に、ぱんぱんに発達した胸、男性器の扱いを模した動作。セッ●スを匂わす動き、カラフルでポップで淫靡な色彩。

だがしかし、実は主人公の四人が性交しているところは一度も描かれない。あくまで。そう、コリン監督がみせたいのはエロ、セッ●スじゃないのだ。若者の躍動なのだ。躍動のメタファーとしての揺れる肌や、削ぎ落とされた美しい裸、そして酒は汗のように瑞々しく飛び散る。エロを表現しようと言うのであればこのような作り方じゃないだろう。

コリン監督はガンモでもそうだが裸を写すことに戸惑いがない。なので観ているこちら側も当然のものと受け取ることができる。戸惑いやタメ、じらし、みたいなものはこちら側の想像力と結びつき、エロを増大させる。でも一秒で全裸になられたらなんか、勃つものも勃たない笑。
全裸の女性よりもベールや下着をつけた状態のほうが、なぜかエロスを感じることと似ているかもしれない。(え?僕だけですか?)

映画「ガンモ」
映画「ガンモ」

やがて4人の女の子は、ギャングと知り合い、引き返せないところまで迫っていく。だが彼女らにも勿論個性はあり、それぞれに状況を判断してそれぞれの道をいく。
危うい道でもなんでもいい、彼女たちは流されることはない。色々な意味で。

そしてラスト、静かな映像の中で、気がつくと涙が出てました。いや、勝手にこぼれていたって感じかもしれない。台風一過のすんごい綺麗な空を観たような、そんなやつ。

…普通、普通映画ってどんなにハチャメチャでも殺し合いでも、メッセージとしてはどこか道徳的で収まりがいいものだったりすると思うんだけど、SBはそういうの全部クソ喰らえ、Spring break is forever!!!!だった。この完全無欠の、道徳観とか社会の仕組みとか枠組みをシカトした映画のメッセージに、超純然たる生(性)の輝きを感じ、心揺さぶられた。

なかなかここまで監督が、自身の信じる世界、登場人物の世界観を提示しきるのってすごい、マジで。

 

・ヤンキーの隣の文化系男子、じゃあ自分は??
劇場にある批評文などを集めたコーナーに、ハーモニー・コリンをヤンキーの隣の文化系男子、のように書いている記事があった。(評論家の名前、媒体も忘れました、すみません)
そしてそれを日本で言うと「サウダーヂ」の監督で空族所属の富田克也監督が同じ系譜ではないかと。
なるほど、納得するところはある。

で、僕自身の話になるけど、じゃ、自分の個性って、表現ってなんだろうって考えたんだけど、それを次回作では如何なく発揮されるはずだ、と考えている。
そしてSBを観て、表現者側として思ったことは、収まりのいいものを作る必要ないってことだ(今更だけど)。
収まりがいいというのは言い換えれば、観客の普段の思考や環境に収まる可能性があるってことだ。
観客に意外性も発見もなく劇場を後にされる、そんなこともあるだろう。

てか、人は生きていると、全てが収まり良くいくなんて事は実はありえない。コンビニおにぎりと違って、自分で作ったおにぎりからは具がはみ出ている、そういうことだ(異論は受け付けません)

人生でもそうだと思うんだけど、目標とテーマは違う。目標はいかなる過程を踏んでも達成されるべきものであって、犯罪スレスレだろうが、誰かを傷つけようが関係ない。大金持ちになるでも、ヒルズに住むでも、美女と結婚するでも、凄いアプリを開発するでも、なんでもそうだ。

逆にテーマは、常にそれを意識して生きているかという部分だ。先とは逆に言うと、できるだけ他者を傷つけないとか、周りに愛を与えたいとか、自分らしくとか、自分なりに正義を貫くとか。
それを維持しても何も得られないかもしれないが、テーマを持って生きることで自己満足(いい意味で)によって心の豊かさを保てる気がするのだ。
でもたまにテーマも目標も持っていない人がいる。僕からすればそれは少し残念で、人生を浪費しているとか思ってしまう。勿論テーマと目標がいつも明確ではないし、変わっていくし、突如生まれることもある。でもできるだけ自分を省み、どう生きるべきか、それを問うてこそ行動が変わる。マザー・テレサの言葉を思い出したので引用。

 

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。

言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。

行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。

習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。

性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

マザー・テレサ

 

と言うことは運命を変えるには思考から変わらなければ何も変化しない、そういうことだ。
なるほど、じゃ、観客の思考にアタックできる映画はその人の運命をも変えられる、そういうことだ。
アムロがガンダムを発見した時、彼の運命が変わったように。(笑うとこですよ)

何が言いたいかって、僕は、観客に良き人生を歩んでほしい、そんなこと考えて映画作るのだ。

 

 



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