赤裸々だが、僕が映画製作に着手する前の心の動きと、原点の振り返り。

3月末に自主制作映画を二本仕上げ、よく言えばぼーっと、悪く言えば何もせずに一ヶ月が過ぎました。充電期間と銘打ったものの、大した成果もなく過ぎた一ヶ月にそろそろ焦りを感じてきました。

今日は自分の現状をお伝えしつつ、なぜ映画を撮るのか、自問も含めて考えたいです。

僕が映画の素晴らしさを知った(意識した)原点的な作品は「スタンド・バイ・ミー」です。
ワクワクする仲間との冒険、田舎のほのぼのとした空気、かけがえの無い友情と、迫り来る大人への道という現実。そして小学生の自分までもがなぜか感じるノスタルジーが、僕を惹きつけました。今でも線路を見ると歩きたくなります。

映画監督を意識的に目指したきっかけは「マトリックス」です。いきなりサイバーパンクです笑。僕はそれまでもSFやアクション、デカダンな要素に浸っていたのが下地でありました。大友克洋さんのAKIRAや、塚本晋也監督のTETSUO、押井守監督の攻殻機動隊などに衝撃を受けていたのを覚えています。僕は、マトリックスの前代未聞の映像表現と、当時モテないし何のパワーもない中学生だった自分の、いわゆる厨二病的な何かが混ざって、あんな映画が撮りたい!とストレートに思ったのを覚えています。僕の生きてる世界は作り物だから、その気になれば光の速さでパンチできるんだって!

しかし同時に僕はスタジオジブリ作品の虜でもあり、もののけ姫のアシタカはとんでもない客引きです。当時金欠であえぐ僕を4回も劇場へ誘い、サントラまで買わせました。声変わりしはじめの僕と友達は、学校の帰り道に米良さんの声真似を大声でかましました。映画館にはあの頃はまだ立ち見なんかが残っていて一度立ち見したことを覚えています。

あれ?なんかただの回想みたいになってきましたね。まぁこのエントリーはあまり読み手を意識せずに徒然なるままに書いちゃいます。すみません。

その後映画が学べる大学に進み、そこには僕の知らなかったバカ奥深い映画の世界が口を開いて待っていました。もはや恐怖すら覚え、同級生と会話してても知らない映画監督の名前が出るわ出るわ、更に知らない映画の題名が、ジャンジャンバリバリ出てきます。確変です。何度知ったかぶりをして愛想笑いを浮かべ、なんど口をつぐんで立ち去ったことかわかりません。しかし今だに彼らに知識や見識は勝ってもいないでしょう。それが今もひとつのコンプレックスではありますが。。

さて、大学でゴダールや小津安二郎、タルコフスキー、カラックス、キェシロフスキ、キューブリック、ノルシュテイン、今敏、ウォン・カーワイなどなど、沢山の世界を知った僕は、それまで傾倒していたデカダンと近未来SFと、社会問題という要素からの変移を起こし、映画やドラマの助監督や、南米一人旅を経て、現在に至ります。
よく映画関係じゃない友だちから質問されるのが、どうやったら映画監督になれるの?ということです。
で、正解はというと残念ながらありません。昔は松竹や東映なんかの演出部に入って助監督として頑張り、さらにシナリオを上司や重役に見てもらったりして監督になったようです。しかし現在はその流れはあまりありません。
現在はどちらかと言うと自分で自主制作映画を作り、それをたとえば、ぴあフィルムフェスティバルやゆうばり映画祭など、国内外のインディーズ系の映画祭に出品し、そこで評価を得て、プロデューサーと知り合ったり、映画の企画の依頼から監督へと発展したりします。近年勢いあるのは「舟を編む」の石井裕也監督や「南極料理人」の沖田監督、「サイタマノラッパー」シリーズの入江監督でしょうか。
確かに他の業界、例えばテレビドラマの監督がドラマの映画化の流れで映画監督になったり、北野武監督のようにお笑いから出たり(ちなみに僕は武さんの映画すごい好きです)、中島哲也さんのようにCMから、蜷川実花さんよろしく写真家からなど
道は一応いくらでもあります。でもいずれも、各界で業界人からも一般人からも相当な評価のある方ばかりです。(映画が面白いかはまた各人によりますが…)

で、自分が今どこを志向しているかというと、現状はインディーズからの道です。もちろん作った作品は映画祭に出せるだけ出しています。
そして更に次々に作品を作って行かなければいけません…。

さて話は戻りますが、何もしなかった一ヶ月は何も進まなかった一ヶ月です。致命傷です。人生は短いです。でも題材やモチベーションや動機がないと撮れないのも事実です。そしてそれらが何をきっかけにして自分に降ってくるかはわかりません。能動的でありつつ受動的である、なんだか柔道のようです。でも柔道宜しく攻めないと相手は決して倒せません、夢はかないません。夢がかなっても議員にはなりません。
もういわゆるアラサーです。気がつくと同級生はほとんど映画を撮らなくなりました。勿論、他に好きな事があれば当然だし、映画が絶対的に素晴らしいとこでもありませんしね。当時から自分より才能のある友人が、映画を撮らなくなったのは少し悲しくもありますが、それは自由です。
先に述べた、僕が大学時代からのコンプレックスである、知識が少ない、ということに関してですが、しかしながら唯一、その誰よりも継続して映画を撮り続ける、ということだけ僕は意識して来ました。無論インディーズ映画界で闘うべきは、全世界の映画監督を目指すクリエイターであり、更には最強の敵は自己です。自己に向き合わないとどうしようもありません。
自分が何をしたいのか、映画で何を伝えたいのか、今何がウケるのか、何が新しいのか、人と違う切り口はなんだ、得意な、あるいは不得意な表現はなんだ・・・。
更にたくさんのことを勉強し、覚え、時には昔のフレッシュな気持ちに戻り、新しい機材や方法論を探し、日常の些細な出来事を観察し、それをこころに写生し、換骨奪胎する。

そしてそれらを全部忘れてみる。なんてことも。

…プロ・アマ問わず、ほかの映画作家さんがどういうことを考えているかは、わかりませんが、僕は今、自分と外界に向き合い、耳をすませています。
映画は僕の人生を波乱へと導き、今だに深い闇をたたえていますが。
なんだかよくわからないけど、久しぶりにパーソナルなエントリーでした。

 

 



コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。